あの頃の嘉人

過去インタビューを振り返りながら、プロサッカー選手「大久保嘉人」の軌跡をたどる。(協力:週刊サッカーダイジェスト)

週刊サッカーダイジェスト(2004年1月20日号)

ビッグイヤーの予感
「去年よりもすべての面で上回りたい」(後編)

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2004年は大久保嘉人にとってハードな1年となることだろう。ワールドカップ予選にアテネオリンピック。休むことなく厳しい戦いに身を投じることになるが、大久保はむしろチャンスと捉える。ビッグイヤーにかける意気込みを聞いた。

前編

代表初招集、そして定着
リーグでもゴールを量産br>まずまずだった03年

大久保嘉人の2004年は、涙とともに幕を開けた。天皇杯決勝。磐田を相手に0-1の惜敗に終わった直後、大久保はピッチに倒れこみ、人目もはばからず涙を流した。もともと熱い性格の持ち主である大久保は、しばしば試合後に涙を流すことがあったという。しかし、それは決してひと前ではなく、誰もいないロッカールームでひと知れずのことである。

「負けて泣くのは高校生の時以来」

プロに入って初めてピッチ上で涙を流したことからも分かるように、大久保が天皇杯にかける想いには強烈なものがあった。

「いなくなる監督、選手のために」—。
大久保は天皇杯を戦っていた。4回戦のG大阪戦ではVゴール。そして準決勝の鹿島戦でも劇的な決勝ゴールを叩き込み、チームを2年ぶりに決勝の舞台へと導いた。そして決勝戦。チャンスはほとんどなかったものの、ボールを受ければ果敢に勝負を仕掛け、厳しいマークを受けながらも、大久保は最後まであきらめず磐田ゴールに迫った。

試合終了を告げるホイッスルが鳴り響くと、大久保は抑えきれない悔しさに襲われていた。あるいは、エースとして結果を残せなかった自分に腹を立てたのかもしれない。大久保の涙は、今季彼がC大阪のエースに成長したことの証だったようなきがする。

大久保の03年シーズンは、まさに波乱万丈という言葉がぴったりだった。昇格チームとして臨んだJ1リーグでは、開幕からコンスタントにゴールを記録。日本人最多となる16ゴールをマークした。クラブレベルでの活躍が認められ、5月には日本代表に初めて選出された。日韓戦でデビューした後、その後は完全にA代表に定着。コンフェデレーションズカップにも出場を果たし、世界レベルを体感した。

若手の台頭が望まれていたサッカー界にとって、大久保の活躍は非常にポジティブな要素として受け止められていた。しかし一方で熱い性格が災いをもたらし、警告の多さや審判への暴言などの悪態ぶりも目立った。大きな期待を集めると同時に、世間にマイナスイメージを植えつけたことも否めない。それでも大久保は03シーズンを前向きに受け止めている。

「いい1年だったと思いますね。いろんな面で自信がついたし、いい経験もできた。具体的に言えば代表にも選ばれたこともそうだし、コンフェデにも出れて高いレベルを経験できた。やっぱりうまいひとたちと一緒にやれたことは大きいですね」

高いレベルに身を投じたことで、大久保は大きな財産を手にした。しかし、それが即、プレーやメンタルの変化につながるかと言えば、大久保本人はそのように感じていないようだ。

「何か変わったかな?変わってないと思いますけど。代表に選ばれてから、みんなに変わった、変わったって言われますけど、自分のなかではぜんぜんそういった感覚はないですね。J2のときからずっと同じですよ」

しかし本人にはそういった意識はないようだが、大久保に変化が生じているのはたしかだ。それも周囲が驚くほど急速に・・・。

3年前、ルーキーだった大久保はプロのレベルに苦しんでいた。ケガに見舞われたこともあったが、20試合4得点という平凡な成績に終わった。しかし翌年、大久保はJ2だったとはいえ18得点をマーク。プロの世界で確実に成果をあげた。そして3年目の今季は16ゴール。日本人としては最高の結果を残した。

「思ったよりは点を取れましたね。だけどやっぱ退場とか、累積とかもあって、最後のほうは試合にあまり出れなかったんで。7試合くらい出てないのかな。それを全部出たら得点王もいけたかなと思いますね。でも、後悔はないですよ。そんなに思い通りにはいかないわけだから」

得点王は持ち越しとなったが、もはや大久保が日本を代表するストライカーであることに異論はないだろう。途中出場が多かったとはいえ、昨年日本代表のFWのなかで、もっとも多くの試合に出場したのが、じつは大久保なのだ。しかし、その代表の舞台では一度もゴールを奪うことができなかった。

「点を取れなかったことはもちろん悔しいけど、それほど重要なことだとは思ってないんです。周りが騒ぎすぎだと思いますよ」

たしかに点を取れないことに対する報道は加熱を極めた。大久保はいつになったらゴールを奪うのか。代表の試合のたびに、そのことばかりが注目を集めた。ゴールこそすべて。点を取れない大久保に、次第に批判の声が出始めていた。

「それは仕事だからしょうがないとは思いますけど、自分的にはそんなの気にしないから。新聞もあんまり見ないし。点を取らなくちゃいけないって言われて、点を取ればすべてがいいみたいな感じだけど、じっさいはそうじゃないですよね。サッカーをね、マスコミのなかには分かってないひとが多い。点を取る以外にも、チャンスを作ったり、ディフェンスしたり、やらなくちゃいけないプレーはあるのに、そういうところを見ていない。まあでも、逆に考えれば、それだけ注目されるようになったことを前向きに考えています」

03年最後の代表マッチ、東アジア選手権でも大久保は失意を味わった。格下の中国、香港とのゲームでは決定力不足を露呈し、韓国戦では早々の退場劇を演じてしまう。勢いよく駆け抜けた03年だったが、終盤になって一気にトーンダウンしたように見えた。

しかし、大久保は言う。
「それも周りの反応ですから。俺は調子が落ちているとは思わない。ずっと上がっていけてるとは思いますよ」

後編に続く


前編

取材・文:原山裕平(本誌編集部)

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