あの頃の嘉人

過去インタビューを振り返りながら、プロサッカー選手「大久保嘉人」の軌跡をたどる。(協力:週刊サッカーダイジェスト)

週刊サッカーダイジェスト(2003年6月10号)後編

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3年連続得点王を獲得し、メディアから取材を受けることも増えた。インタビューの予定が決まっても、特に準備することなく、常に自然体で受け答えをする。それゆえに、時には激しい言葉が飛び出すこともあるが、「だから嘉人のインタビューは面白い!」と、インタビュアーの皆さんは声を揃える。
その嘉人スタイルはいつから始まったのだろうか?そういう好奇心にも似た疑問を抱き、過去インタビューを振り返る企画を思いついた。「それ、面白いね!俺も昔、何を言っていたのか読んでみたい!」と嘉人本人も楽しみにしている企画が、サッカーダイジェストさんのご協力の元、実現しました。

初回は、プロ入り後初めてサッカーダイジェストのインタビュー企画に登場した、2003年6月10日号をお届けします。(前編・後編の2回掲載)
プロ入り3年目。初のA代表入りを果たし、21歳の誕生日を目前に控えた「ハタチの嘉人」が語った言葉とは?

後編

本能のプレースタイルは韓国相手に通用するのか

大久保はしばしば本能なプレーヤーと評される。ゴールへの執着心を剥ぎ出しに、アグレッシブに前へ前へと突進する姿は実に野生的だ。その彼の肉体を突き動かすのは、とにかくゴールを奪いたいというストライカーとしての本能と言えるだろう。「本能というか、まあ、そんな感じです。考えるよりも先に身体が動く。僕、あんまり考えてプレーしてないんですよ(笑)」 大久保嘉人 高校時代はトップ下のプレーヤーだった。当時はゴールと同じくパスにも喜びを見出していたが、プロに入ってからそのスタイルに変化が生じた。ストライカーとしての本能は、1年目こそわずか2得点と目ざめることはなかったが、昨シーズンはJ2が舞台だったとはいえ18得点をマーク。見事に開花を果たした。「やっぱり、1年目は入団してすぐだったんで、多少遠慮があったと思う。一応僕でも遠慮するんですよ(笑)。でも2年目からは、周りの言うことは、もうシカトです(笑)。もちろん聞いてますけど、シュートを打とうと思ったら、誰に何を言われようがシュートまでもっていく」
強烈なまでの自我を前面に打ち出し、大久保は日本屈指のストライカーへと変貌を遂げた。自分勝手と受け止められるフシもあるだろう。しかし、このスタイルこそが彼の特長であり、言わせないだけの結果も残している。

大久保にとって昨シーズン、J2での経験は大きかった。得点感覚を身につけることができただけでなく、精神面にも好影響を及ぼしたようだ。「本当は降格した時点で、移籍しようと思ってました。だけど、いろいろ相談して、めったに経験できることじゃないから残ることにしました。J2ではそれなりに点を取れたんで、自信になったとは思います。まあ、移動は大変でしたけどね」
厳しい戦いを経て、再びトップリーグへと舞い戻った大久保は、ここまで6ゴールと日本人では最高の成績を残している。うち半分はヘディングでの得点。先述したニュージーランド戦のゴールもそうだったが、苦手だったヘディングを克服し、ゴールのパターンを増やしつつある。大久保はさらなる高みを目ざして、進化をつづけている。

ストライカーとして着実に成長を遂げつつ大久保だが、意外にも好きなプレーヤーとして、アルゼンチン代表のアイマールの名を挙げた。「真似したいとか、そんなんじゃないですけど、見ていて単純に面白い。タイプ的にはだいぶ違いますけどね」
たしかに大久保とアイマールとではスタイルがまったく違う。むしろ近いのはサビオラのほうだろう。それでもアイマールのプレーに魅了されてしまうのは、純粋にサッカーを楽しみたいという大久保の素直な気持ちの表われではないだろうか。

もちろん、ただ憧れているだけではない。いずれは大久保も海外へと進出し、同じ舞台に立ちたいという気持ちを持っている。海外移籍は彼の目標のひとつだ。そのためにも今回の代表入りは、大久保にとって大きなチャレンジの舞台となるはずだ。相手は韓国。いきなり、日韓戦である。「日韓戦?そうですね。韓国はワールドカップでも結果を残しましたし、強いイメージはありますよ。きつくて、強くて、ガツガツくる感じ。ユースでも五輪でもやったことはないので、楽しみではありますね」
はたして大久保はいかなる気持ちでこの戦いに臨むのか。そして彼のプレーは、代表レベルでどこまで通用するのだろうか。「ドリブルでドンドン突っかけていって勝負したいですね。もちろん、フォワードだから点を取ることを求められていると思う。だからどんな形でもゴールを決めたい」

今回の代表には、錚々たるメンバーが顔をそろえている。オリンピック世代の松井、石川も同時に選出されたものの、臆することはないだろうか。「まあ、どうなんですかね。大丈夫だと思います。とくに誰と一緒にプレーしたいとかそういうのはないです。みんなとやってみたいですね」
仮に韓国戦で活躍すれば、代表定着も決して夢ではない。そうなれば、大久保はA代表、オリンピック代表、そしてJリーグとフル稼働を強いられることになる。心身ともに疲弊することは必至だろう。それでも大久保は、サラリとこう言ってのける。「代表でも五輪でも、すべての試合に出られるようにしたい。暇より大変なほうがいいんじゃないすか」
なんとも頼もしい言葉を残し、大久保がいよいよ飛翔のときを迎える。

取材・文:原山裕平(本誌編集部)

「大久保1世」への期待
〜猛烈なスピードで進化する若きエース 3年目のC大阪で目ざすべきものとは〜

大久保が日本代表に選出された。本人は「予想もしていなかったので、素直にうれしい」とコメントしたが、周囲から驚きの声は聞こえてこない。「すごくいいものを持っているからいつ入ってもおかしくなかった」。チームメイトの森島は言う。「(代表選出は)時間の問題だと思っていた」とは西澤の反応だ。

大久保がC大阪に加入したのは、01年2月。チームの大黒柱にちなんで、『森島2世』と呼ばれていたことが懐かしい。スピードを武器に相手DFをかく乱するプレースタイルと、小柄な体躯が似ていることから、そんなキャッチフレーズがつけられたのだ。抱負を聞かれた当人も、「森島さんが目標。一緒にプレーできるのがうれしいです」などと話していたものだ。

早々とJリーグデビューを果たし、初スタメンの磐田戦では、代表クラスが顔をそろえたDF陣をキリキリ舞いさせたあげくに初ゴール。だがその直後に試練に見舞われている。ワールドユース直前の5月に負傷、今年最大の目標であった世界大会への道が閉ざされたのだ。チームも失速し、秋にはJ2降格が決定した。「C大阪に残るかどうか、悩んだ」。のちに大久保はこう打ち明けている。J2でのプレーは、キャリアアップにはマイナス要素も多くなると思われた。しかし「1年で必ずJ1に上がれると思うから……」。自分に言い聞かせて、残留を決めた。

結果的に大久保の才能はJ2で開花することになる。ワールドカップ出場を果たした森島と西澤が戦列を離れたおかげで、主力選手に成長できたのだ。いつしか自然にボールが集まり始め、パサーたちは彼の背中を探すようになっていた。「嘉人がいなかったら、昇格はなかったかもしれない」。J1昇格決定づけた試合(02年11月16日・新潟戦)での先制ゴールを森島は手放しで褒めた。シーズンが終わるころ、C大阪は『まず大久保ありき』のチーム変貌していた。

一方で、ナショナルチームでも着実にステップアップした。J2所属のハンデをものともせずアジア大会でも中心メンバーとして準優勝に貢献した。

成長のスピードの早さは、折々に口にする『目標』にも明確に表されている。「選手権に出て国立でプレーしたい」と語っていたのは高校3年のこと。プロ1年目は「ユース代表に入ってワールドユースに出たい」。「五輪代表に選ばれるようにがんばる」と語ったのは、昨年の春だったか。アジア大会直前にはすでに、「ジーコ監督も見に来るので、アピールしたい」と、フル代表も視野に入れた発言をしていた。

サクセスロードを突き進む大久保にとってのもうひとつの夢は、海外移籍である。「04年、アテネ五輪が終わったころが、自分自身の目標」と、すでに具体的な時期も挙げている。果たして1年後、思惑通りに移籍を果たしているだろうか。それは、C大阪でのプレーにかかっているのではないか。もちろん、代表選手として確固たるポジションを築くことも大切だろう。しかしオリンピック最終予選が来春に延期されたいま、大久保に課せられているのは自分のクラブを背負って立つようなプレーだと思う。背番号10にふさわしい、ピッチの中心に君臨する選手、90分輝きつづける絶対的な存在という点では、まだ物足りない気がするからだ。かつて中田英が、小野が、中村が、クラブを象徴する選手になった暁に巣立っていったように、C大阪に『大久保1世』が誕生して初めて、夢が実現するのではないか。青いユニホームに身を包んだ姿はもちろん楽しみだ。しかしいまは、あえて『C大阪の大久保』に注目したい。その姿を見られるのもそうあまり長くはないような気がするだけに、なおさら。

取材・文:横井素子

面白いね!
若いし、自身なさげに話しているところもあったり、勢いで話しているところもあったり。全体的にあまりサッカーのことを深く考えていないよね(笑)。
若い頃はこういう風に、勢いでやっていた感じはあるけど、今の若手にこれを見せてあげたいなぁ。
俺は昔、こうやって勢いで、めちゃくちゃな発言をしたことも多かったけど、そのおかげで、たくさんの人が俺のことを覚えてくれた。
そういうことはマイナスにはならないと思うから。

この時はこう話していたけど、実際にそれが実現されたのか。
今後のインタビューで、その成長過程が見られることは嬉しいし、こうやって過去の自分を振り返ることで、頑張ろうという気持ちになる。
あの頃の自分に「俺はこれだけやれるようになったぞ」って、胸を張って言えるようにね。


大久保嘉人

後編

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